非日常を日常化させる

小屋に戻ってきたわけだが、戻ってきた日に意識してやることがいくつかある。

まずは、水と食料の確保。

これは生きる上で欠かせないので、ある意味本能的なものかもしれない。

20Lの水と1週間分の食料を調達する。

次に食事。

小屋にいる時は毎日味噌汁を食べているのだが、火にかけて出汁をとるのが面倒なので、一晩昆布と煮干しを水に浸して出汁を作る。

出汁入り味噌は使わない。

無添加のシンプルな味噌がいい感じだ。

しかし、戻ってきた初日は出汁を作る時間がない。

そこで初日に限っては別のものを食べる。

今回はレトルトカレーにした。

以前、近所のお友達から頂いたものだ。

賞味期限が長いので緊急時用にストックしておいたのだが、そんなことを言ってはいつまでたっても無くならない気がしたので消費することにした。

いつもと違う調理に戸惑うも、脳みそをフル回転させてお湯で温める。

水タンク

脳みそをフル回転させて作ったレトルトカレー

脳みそをフル回転させて温めたレトルトカレー

最後は自分の行動。

僕は環境の変化に柔軟に対応できない。

日常から非日常へと移ると不安になってくる。

小屋暮らしが日常化している時に東京に行くと、慣れるまではちょっと落ち着かない。

蛇口をひねれば温かいお湯がこんこんと湧き出てくる奇妙な仕掛けだとか、スイッチをつけるとこちらのペースを一切無視して一方的に情報を提供し続ける魔法の機械に自分の生活が飲み込まれてしまう。

そしてそれが日常となった状態で非日常的な小屋に戻ってくると、僕の小屋にも奇妙な仕掛けや魔法の機械が必要なのではないかと錯覚してしまう。

今までなくても問題なく生きていけたはずなのに、必要最低限とは程遠い不要なものを求めてしまう。

これらの行動は不安から生じるものだと僕は考えている。

慣れない生活に不安を感じてくると、無意識のうちにモノでその不安を埋め合わせようとする。

そうやって周りにモノが増えていって自分が満たされてくると、気づいたらモノに溺れていて自分を見失う。

そんな時に僕が心がけていることはただ一つ。

何もしないようにすること。

不安をモノで埋め合わせようとする心を鎮めて、置かれた環境でしばらく過ごしてみる。

不安や衝動に駆られて何か行動をしたくなった場合は、それらの欲求を意識的に押し殺す。

ただ食べて寝るだけ。

何もする必要などない。

いずれそれが日常となる。

ひたすら小屋に引きこもり、自身が環境に適応するのを待つ。

これぞ、小屋暮らし流・家康の境地である。

日常の風景

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コメント

  1. おさる より:

    今日は少し寒かったですね!
    私はコンビニを経営してまして、毎日4時〜18時位まで
    働いてます!サラリーマン時代と違いストレスもなく
    廃棄の商品がたくさん出ますので自給自足?してます!
    最近はあまり物欲もなくなりまして、毎日を淡々と生きてます!
    あと少ししたら畑はありますので晴耕雨読的な生活も良いかな?
    と思ってます!
    お互いに頑張りましょう!

    • たるかり より:

      廃棄の商品、現代の大量消費社会に合った立派な自給自足だと思います!
      私も将来は畑を持ちます。
      これからどんな時代になろうが、食料の自給さえできれば生きていくことができると考えています。

  2. ポテチ より:

    私も今日のお昼、脳みそをフル回転させてカップ麺を調理しました。
    何を隠そうこの私、調理師免許を持っているんです。「ホントですよ」

    • たるかり より:

      調理師免許をお持ちのポテチさんで戸惑うのであれば、私にはカップ麺の調理は難しいかもしれません笑
      私はカップ焼きそばを作る際に最初に粉末スープなどを入れてしまって、湯切りで全て流してしまった経験があります。
      あの時の絶望感は…文章で表現することはできません。