Bライフについて、僕は勘違いをしていたのかもしれません。

昨年の秋は海外を旅した。

タイに行ったとかネパールに行ったとか、そんなことは個人的にはどうでもよくて、あまり乗り気ではなかったにも拘らず海外へ行かなければならなかったことが辛かった。

昨年は年明け早々、うつが再発してしばらく寝たきりのような生活が続いていた。

「またか」という気持ちと同時に、こんな面倒くさい人生を送るくらいであればいっそ終わりにしてしまおうかなどと考えていた。

”死にたい”という気持ちではなく、”ここらで終わらせようかな”という一種の諦めのような想いだった。

幸運(?)にも、半年ほど経ってようやく外の空気を吸ってみようという気分になったので、しばらくは東京や山梨の空気を吸っていたのだが、そもそも自分は意欲に満ち溢れた人間ではないので、ある程度の強制力が働かないと自発的に動くことが難しい。

空気に栄養が含まれていれば何も食べずに済むのに。

そう思いながら日本の空気を吸っていた。

意外にも、海外を旅している時の自分は割と忙しなく動き回っている。

日本では森の中に小屋を建てて水を汲みながら生活している身とはいえ、スーパーやホームセンターがないと到底生きていけないちっぽけな人間である。

旅先では、ゲストハウスや空港といった寝床がないと安心して朝を迎えることができないし、自給自足的なサバイバル術など持ち合わせていないので空腹を感じたら屋台やレストランを探してお代を払って食事を摂らないと生きていくことができない。そして、誰かが勝手に決めた国境の外からやってきた自分のような人間は、決められた滞在期間を過ぎる前にまた国境を跨がなければならないのである。

言わば、強制された旅である。

それでも、旅をしていると気分はなかなか良いもので、その強制力を日本にいながら味方にできないだろうか、それを探ることが今回の旅の目的だった。

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「雇われながら働いてみよう」

それが旅先で得た答えだった。

旅をしながらノマドワーカーとして場所に縛られずに生活することを夢見ていた時期もあったが、ノマド的な生活に憧れていたというよりも、雇われて働きたくないという恐怖心が強かったように思う。

正直なところ、今でもサイト運営でそこそこ稼げるようになりたいという気持ちは持ち合わせている。

一方で、それだけに固執するというのは勿体ないことだと考えるようになった。

インターネットがあればどこでも仕事ができるノマドライフも、精神的な足かせとなっているようでは決してお気楽とは言えないだろう。

帰国後の今は日本でアルバイトをしているのだが、適度に身体を動かす一日四時間程度の仕事を選んでみた。運動しながらお金がもらえるとても良い仕事だと感じている。うつとの相性も悪くない。

Bライフを始めてから今までの三年間はとても辛かった。

この先どうなるかは知る由もないが、これからはBライフのための人生ではなく、自分のために人生を送りたい。

Bライフについて、僕は勘違いをしていたのかもしれません。

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